“だから、その芸も、人生や人柄の厚みが芸に活きるというようなタイプのものではなく、意識的な
エクササイズと思考と試行(実験)の繰り返しによって変化し、高まって行くようなタイプのものであるように見えた。語り方の不断の更新や、新しいものを受
け入れる柔軟さなどもそこから来ているのではないか。でもそれは逆から言えば、人生=芸というような、ある意味とても重要な(シンプルな)根拠を失った
(というか、そもそも持たなかった、のかも)ということでもあるのではないか。そしてそれは、自分の身体(人生)を形式主義的な実験の場にする、形式主義
的な実験によってそれを組み立てようとする、ということでもあるのではないか。そこに危うい弱点を持ち、その弱点を強く自覚していたのではないかという気
がした。”
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2014-04-23 - 偽日記@はてな