“何も今に始まったことではなくて、物心ついた頃からそうだった。それでも子供が持っている自由の泉からは、死の観念に屈しないくらいに「時間」が湧き出てくるものだ。しかし、それを過ぎれば残るのは喪失感だけである。
時間の流れが無くなれば、感動や、心地良い普通の意味での喪失感なども無くなる。たとえば、夏の終わりに感じる感傷を二度と味わえないのではないかと恐ろしくなったりする。
こ
の状況が間違っていると思えば、その反動が未来に対するエネルギーへと変わるのかもしれないが、実際は全く逆で、時間の流れや現在性が失われるということ
は、全く正しいことだという確信がある。というのも、それらのことが、自分の死や存在の消滅という観念、あるいはそれらから来る物事に対する俯瞰的な姿勢
と強く繋がっているからだ。
現在性の喪失は、正しい。その上で、どうやって生きていったらいいのか、ということ。
小屋にいると、現在性が無いという状況をそのまま受け入れることができる。この小屋の半分は死の観念や喪失感のようなものでできている。”
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