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“民俗学者・折口信夫(おりくち・しのぶ 1887-1953年)(Wikipedia)は、日本の祭の原型を異界から来訪する「まれびと」を賓客として扱う饗応に見出した。かくして鯨やイルカが 豊漁をもたらす神「エビス」とされて漁撈信仰に結びつき、畏怖の対象となったのである。
それゆえ、日本の捕鯨は儀礼としてもシステム化されていった。捕鯨道具は神事によって「ケガレ」を落とされ、たとえば太地では「組仕出祝」(くみし だしのいわい)として、出漁日(「組出」)前に酒宴が設けられ、歌に合わせて「羽指踊り」をして豊漁を願う予祝儀礼が行われた。出漁後も様々な儀礼がなさ れ、「鼻きり」という儀礼で捕鯨が終了する。
浜へ戻る途中にも、磯に設けられた神社やエビス神である海鳥に鯨肉を投げて感謝する「初穂儀礼」が行われる。17世紀には、「カンマン」と呼ばれる神官が御幣を捧げて祝詞を唱えていたという。これらの儀礼を経て、浜では祝祭が繰り広げられたのである。
他方、日本でも捕鯨やイルカ漁の「残虐性」は認識されていた。だが、残酷だからといって一方的にそれらを糾弾・禁止する方向には向かわなかった。鯨 やイルカは人間と連続する存在として「共感」の対象となり、擬人化されて「死後儀礼」がなされ、捕獲された鯨は埋葬・供養された。各地に残る鯨墓、供養 塔、鯨骨塔、絵馬はその名残であり、なかには鯨に戒名が付けられ過去帳や位牌が残っている事例もある。
たとえば18世紀建立の太地町東明寺の鯨墓には、鯨と人間が共に成仏することを願う碑文が記されている。とりわけ、母子鯨や母体から胎児が見つかっ た際には手厚く供養されたという。神から賜った鯨だからこそ余すところなく用いて供養するというのが、日本の捕鯨の特徴であるといえよう。日本では長ら く、鯨やイルカは信仰や儀礼といった「文化」の対象であったのである。

 
- 思想・文化問題としての捕鯨・イルカ漁問題  : Global Energy Policy Research