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“(田上さんは)山口の大学で哲学を学んだ後、30歳まで自分は何にも興味がなく、映画を観ても意見というものが一切ない人間だった、と振り返ります。業を
にやした父親に追い出されるように東京に出てきて新聞配達をしていたある日、近所のアトリエ「鷹美」をのぞきます。田上さんはそこで、「これだ」と打ち震
えます。すぐに父親に電話をして、やりたいことがやっとみつかったが、どうやらお金にならないので、一生、生活の面倒をみてくださいと頼みます。いぶかる
父親が「俺が死んだら?」と聞くと、「自分も死ぬ」と田上さんは答えます。父親は、ただならぬものを感じたらしく承諾してくれたそうです。”

- roadside diaries - 田上允克展