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“人はなぜ自らの「姿勢」に怯えるのであろう。「私、姿勢が悪いのです」といって私のところを訪れるクライアントさんは少なくない。皆さん、なんだか悪事 を犯しているかのようにしおらしい態度でいらっしゃることが多い(まれに開き直っている方もいるが)。何やらよろしくないと認識した自らの姿勢を望ましい 方向に導きたいと望む、それ自体は好もしい姿勢(態度ないし意向)だと私は思うが、この問題に真摯に応えようとするとなかなか簡単にはいかないことが多 い。
 多くの人の抱くイメージに反することかもしれないが、もし「悪い姿勢」を本気で変えたいのであれば、「何が正しい姿勢か」「どうすれば正しい姿勢になる か」を知るだけでは本質的な解決にならないことが多い。なぜなら、私の知る限り「悪い姿勢」なるものを身に「つけよう」と思って身につけた方はめったにい ないからだ。つまり「悪い」とわかってやったことが「悪い姿勢」を作るのではなく、「悪いとは思っていない」ことが結果的に「悪い姿勢」を成立させている のである。だから目に付く「悪さ」をさしあたり抹殺したところで「よい姿勢」にはならないことが多い。「曲がった背中を伸ばす」「常に姿勢を正す」よう な、短絡的かつ強制的な撲滅キャンペーンで姿勢なるものがよくなるのであれば、人はここまで姿勢にまつわるあれこれに、様々な方策を講じて深く関心を持た ずに済んだと思う。”


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