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“地球は毎日自転して、少しずつ公転して、ちょうど臼が豆をひきつぶすように、個々の人間をひきつぶす音が聞こえるようだ、と思う。
しかも、よくないことに、皆がうすうす気がついてもいるように、生まれてきたことや、人間の一生には、もちろん「意味」などかけらもないので、いま死んでも、二十年後に死んでも、本人にとってすら、たいした違いはないとすべての哲学は教えている。
哲学が、よく観察すると、乱暴にも「人間は、とにかく生き延びる努力をしなくてはならぬ」という意思を公理にしているのは、そうしなければ人間の存在そのものが否定されてしまうからだろう。”
 
- 輝かしいもの、あるいは「終わりのない世界」の凡庸さについて | ガメ・オベールの日本語練習帳v_大庭亀夫の休日