“「おめでたう」はお正月の専用語になつたが、実は二度の藪入りに、子と名のつく者即すなはち子分・子方が、親分・親方の家へ出て言うた語なのである。上は一天万乗の天子も、上皇・皇太后の内に到られた。公家・武家・庶民を通じて、常々目上と頼む人の家に「おめでたう」を言ひに行つたなごりである。「おめでたくおはしませ」の意で、御同慶の春を欣ぶのではない。「おめでたう」をかけられた目上の人の魂は、其にかぶれてめでたくなるのだ。此が奉公人・嫁壻の藪入りに固定して、「おめでたう」は生徒にかけられると、先生からでも言ふやうになつて了うた。此は間違ひで、昔なら大変である。一気に其目下の者の下につく誓ひをしたことになる。”
- 折口信夫 若水の話