1151


カップ焼きそばのお湯を捨てる、という行為は人生に似ている。誰しも、何かの力を借りることなくして本当の自分になることはできない。そして、それを捨てたときにこそ本当の成長ができるというものなんである。
 
排水管が傷まないように、水道の水を流しながらカップのお湯を捨てるとき、人生に降り積もった各種のしがらみや、人を傷つけたり人に傷つけられたりした記憶から、オレは束の間だけ自由になる。お湯を切った麺にソースを絡めるとき、そこには食欲以外のすべてを捨て去った、むき出しの自分だけが残る。