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 “公判における検察官と検察側の証人として呼ばれた警察の捜査担当者のやりとりを見ていると、裁判官が専門的な知識に欠けるのをいいことに、検察はIT技 術や情報セキュリティの入門的な説明の合間に、片山氏が犯人であることを前提としたかのような意見をさりげなく忍び込ませているのが目につく。それを聞い た裁判官が「それは証人の意見ということですね」のような確認も行っていないところを見ると、技術の素人である裁判官を騙す検察の作戦は、少なくともここ までは功を奏している可能性がある。

 ところで、デジタル証拠も科学的証拠の一つだが、裁判に科学的証拠が持ち込まれると、おかしなことが起きる場合が多い。この公判では検察側がデジタル解 析の結果、片山氏の元勤務先のパソコンから遠隔操作ウイルス事件の痕跡が見つかったと主張した途端、もし弁護側が片山氏のパソコンが何者かによって遠隔操 作されていたというのであれば、弁護側がそれを証明しなければならない立場に追い込まれている。足利事件におけるDNA鑑定の結果や、和歌山カレー事件に おける「SPring-8」を使った化学分析でも同様の問題が起きているではないか。つまり、科学的証拠という、それ自体の重さを裁判官や一般社会が正確 に評価できないものが公判に持ち込まれた瞬間に、無罪性の挙証責任が弁護側に移るという逆転現象が起きてしまうのだ。これは、科学的証拠が持ち込まれた瞬 間に近代司法の要諦たる推定無罪が効力を失っていると言っているに等しい。

 幼稚園や航空会社などへの脅迫メール事件として始まった一連の遠隔操作ウイルス事件は、高度な知識や技術を有する犯人によってわれわれがいつ身に覚えの ない罪を着せられてもおかしくない世界に生きていることを露わにした。そして、それはサイバー犯罪対策課などを設置してサイバー捜査の能力を拡充している 警察についても言えることなのだ。

 もし今回の裁判で、専門家が見たらとても犯人性が証明されたとは言えないような証拠しか提示されなかったにもかかわらず片山氏が有罪になれば、それはもはや科学的証拠が、近代司法の枠を超えてしまったことを意味する。”

- 遠隔操作ウイルス事件の犯人はデジタル・フォレンジックに精通している