2011/08/19




“942 名前:本当にあった怖い名無し[] 投稿日:2011/08/18(木) 11:15:58.84 ID:oINnVPB40
幼稚園の時の俺の体験を一つ。

幼稚園のお盆の終わりに、近所のおばちゃんが花火の余りをくれた。
俺はそれが嬉しくてハイテンション。
布団には入ったけど全く寝れなくて、両親も寝てしまったというのに超元気
花火もらえたのがすっげー嬉しかったんだよ。
んで、両親を起こさないように小さな声で
「にーんげんっていーいーなー♪」
って歌ってたら半透明のおっさん出てきてね
「そんなイイもんでもねえよ」
って吐き捨てるように言ったもんだから
なんか、悲しくなっちゃってね。
たぶん俺涙目だったんだと思う。
目があった瞬間、おっさんの表情が
Σ(*・Д・)アッ!
ってなってさ。
「お前の周りは大丈夫だよ!」
ってフォローされた。
俺も布団の中からおっさん見詰めつつ
(*;ω;)ウン!
って力いっぱい頷いてやったら
おっさんもホッ!って顔して消えてったよ。”



“美容室でベリーショートにしてもらった。
ハゲのカットは熟達した腕前を要するらしく
店長と思慮される中年の男性美容師さんが腕をふるってくれた。
俺が全スカハゲの悩みを打ち明けて、
短髪にする危険性についておずおずと質問すると
春風のような爽やかさで「大丈夫ですよ」と余裕たっぷりに言うから
安心しきって頭を任せたんだが、
カットの進行に伴い美容師さんの顔が険しさを増していく。
首を捻りながらハサミを入れたり、櫛で特定部位を執拗に撫で付けたりして
悪戦苦闘する姿を見ているのは本当に辛くて、
俺は俯いて唇を噛み締めるばかりだったよ。
歯切れの悪い「お疲れ様でした」という終了の挨拶に応えて顔を上げると、
正面の鏡には薄気味悪いヒヨコが映っていた。
美容師さんは失敗作の壺を検分する陶芸家のような
惨とした表情で俺の後頭部を見つめていたよ。
もういっそのこと地面に叩きつけて粉々にしてもらいたかった。”



“・自分の下手さを恥じない。格好を付けない。下手なら下手なりに、地道に易しいやり方からはじめればいい。続ければいつの間にか上手になっている。”



“799 名前:名無し三等兵[] 投稿日:2009/12/02(水) 17:39:30 ID:nVyDRXoe
明治時代に対等な条約を結んだアルゼンチンは親日国だったりします。

大戦中も日本に対して宣戦布告を最後までしませんでした。
アメリカに抗しきれずに宣戦布告した時もペロン大統領は日本人の代表たちを集めて

「こういう事態になったが、日本に恨みがあったからではない。
相互防衛条約上、やむを得ぬ措置だった。だから君たちは何も心配しなくてよい。
今まで通りの生活を送って欲しい。何か問題があったら、私の代わり
に警視総監が処理してくれるようにしてあるから、何なりと言ってほしい」

と言い、日本の大使や重要人物はコルドバという観光名所の一流ホテルに入れ、
毎日豪華な生活をさせていました。

そして戦後、横浜にアルゼンチンの商船が入ってきたとき、
独立国に敬礼する意味で日章旗を掲げて入ってきました。
すると、アメリカの憲兵が乗ってきて船長に
「占領下だから独立国扱いはならぬ」
と日の丸を下ろすよう命令しました。
すると船長は憤然として
「ここはアルゼンチンの領土だ! 貴様には内政干渉をする権利はない!」
と一蹴しました。”



“●「娘が最近、「人は死ぬ」という事がわかりはじめて、「私、死ぬの?お母さんも死んじゃうの?やだよ、死にたくないよ」と言って、悲しそうな顔をするの です。こんな時、なんて言ってあげればいいんでしょう?」

 谷川さんの答え
○「そういう時はね、娘さんをぎゅっと抱きしめてやって、「お母さんも死ぬのいやだよ、怖いよ」と言って、二人でわんわん泣くんです。そしてひとしきり泣 いたら、あったかいお茶をいれて、一緒に飲みましょう」

この答えには舌を巻いた。恥ずかしながら、これで、すでに御高名であるこの人のファンに、今更、なりました。

この話が大変気に入って、酒の席で、気の合うT氏に話しました。
T氏は、それはいい、見事なもんだと感心してくれた後、実は、と続けて、

「以前、自分の奥さんにも似た質問をした事がある。テレビか何かだったか、「パートナーに先立たれたらどうするか」みたいな話をやっていて、その時奥さん が「私に聞いてみ?」というので、「俺が死んだらどうする?」と言ったら」
奥さんは両手を目に当てて泣き真似をして、

「うえーん死んじゃやだー!」

質問には答えていませんが。ある意味、聡明な答え。
実のところ、ボクはちょっとその奥さんのファンでもあります。”



“2001年の秋
風邪ひいてて寒気がするので、大久保にある病院に行くため西武新宿線のつり革につかまってた。
で、あたまがぐわんぐわんと痛くて、目を閉じて眉間にしわ寄せて耐えてた。
そこで記憶が途絶えて、気がついたら夕方で、あたりは見知らぬ景色。
買ったことない服着てて、髪染めたこともなかったのに茶髪になってた。
パニクって近くのラーメン屋に入って、ここどこと聞いた。大阪市の福島駅の近くで、時間が一年
近く経ってた。ケータイの種類が変わってた。アドレス帳には、「ま」とか「ひ」とか、一文字の
名前で電話番号が10程度あったけど、知り合いや実家の電話番号がない。
俺はなぜだか知らないがその知らない電話番号が恐ろしくて、川に捨てた。警察から実家に連絡した。
向こうもパニクってた。俺に捜索願が出てた。
とにかく、帰って、今もまだ月一で精神病院に通ってる。
仕事は元の会社には帰れないみたいだったので、今は派遣やってる。”
2010-01-31



“変なルールだな、と思ったら、それで誰かが得をしてるんですよ、きっと。”



“負けかたを知らないひとがトップで旗を振ると、部下はもう、負けることを許されない。世の中のひどい敗北の、けっこう多くの割合が、「将軍が負けかたを知らなかった」ことが原因になっているのだと思う。

勝ちかたというのは案外簡単に教えられる。負けかたというのは、意識して教えてもなお難しいし、実際に負けたり失敗したりしないと身につかないことも多い。負けかたを知らない人が勝負をすると、負けてみせるという選択肢が欠けているから、恐ろしく無茶な決断をする。負けの流れになると異様に攻撃的になる人がたまにいて、ああいう人はたぶん、プライドが高いと言うよりも、負けかたを知らないんだと思う。知らないから、どうしていいのか分からない。”



“私は下宿の一間の中で考えました。つまらないと思いました。いくら書物を読んでも腹の足にはならないのだと諦めました。同時に何のために書物を読むのか自分でもその意味が解らなくなって来ました。
 この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自力で作り上げるよりほかに、私を救う途はないのだと悟ったのです。”



“地方の公立病院で医師住宅を併設していることがあります。
地域住民は当然医師の居住地をご存知です。私も大雪の日に年寄りの熱発をなんとかしろと医師住宅に深夜押しかけられたことがありました。真向かいが病院なので連れて行かされました。私はとても感謝されました。買い物に行ってご近所さんから親しく声をかけられるようになりました。でもそれからちょいちょい医師住宅まで来られて、夜中に叩き起こされるようになりました。
隣の新婚の医師夫婦は深夜断ったため ご近所から仲間はずれにされました。奥さんはノイローゼになり、夫婦喧嘩の声を耳にするようになりました。 ネタではありません。”



“一方で、復興財源の捻出にこれほど困っているのに、「節電ポスター」などの告知に37億円超の費用が、国会の審議を経ずに、すでに発注されている。私が事業仕分けするのなら、まずこのポスター費用を削る。浮いたお金で農家を助ける。当たり前の話だ。”



“正直な話、イギリスに行ったこともないのに「イギリスの料理はまずい」って批判している人は滑稽だと思う。実際にイギリスの食事を食べてみたら、考えが360度変わるよ?”
グルっと回ってやっぱりまずいんですね。
(via daxanya1)
だがちょっと待ってほしい。もう一度行けば720度回るのではないだろうか?
(via petapeta)



“桃太郎の原作は『桃を食べて夫婦が若返ったので子どもが出来た』っていうシナリオなんだけど、それを『桃を割ったら子どもが出てきた』という超展開に改変した人はすごいし、それが数百年も語り継がれるってのはもっとすごいと思う。”



「日本はなぜ戦争を・・・?」と繰り返すNHKはおかしい

西村 毎年、終戦記念日が近づくと、日本はなぜあの戦争をしたのか、なぜ負けたのかといったテレビ番組が目につきます。今年は特にNHKが盛んにやっていますが、私に言わせれば頭がおかしい。
 アメリカはなぜ日本に戦争を仕掛けたのか・・・といった切り口なら新しいと思いますが、60年間あいもかわらず、「日本はなぜ?」を繰り返している。そのおかしさに気付かないといけません。
 しかしこれがまた難しい。去年、話題を呼んだ加藤陽子さんの本『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』にしても、タイトルだけを見ると新しい切り口に見えます。しかし中身はといえば、贖罪史観に彩られている。これでは歴史の真相が見えてきません。
 戦争をめぐる偏った見方がまかり通る背景には、実際に戦争を体験した当事者が少なくなってきたことがあります。以前の東宝など、戦争の真実を伝える映画を毎年のように作ることができたのは、そうした方がたくさんいたからです。
 しかし、体験者が少なくなると真実がどんどんあやふやになっていく。海軍の特攻兵器、回天を描いた映画では、搭乗員だった方が時代考証のために招かれました。
 にもかかわらず「こんなセリフはありえないからやめてくれ」というその方の意見は尊重されず、そのままのシナリオで撮影されたとか。こういうことはけっこうあるんです。



日本は敗戦を機に生まれ変わった、のではない!

 日本人の多くは、終戦を境に日本のすべてが変わったかのように思い込んでいます。あれから66年目の夏を迎えた今、僕が皆さんに言いたいのは、それは錯覚だということです。
 もちろん敗戦で日本が変わったのは確かですが、そうした見方だけでは物事の半分を見落とすことになります。
 あの戦争では300万人もの日本人が亡くなりました。一時はぼろぼろになったのに、それでも見事な復興を遂げたのは、日本がすでに戦前の時点でものすごく偉大で強かったからにほかなりません。
 いい例が東京オリンピックです。まるで生まれ変わった日本の象徴のように思われていますが、東京でのオリンピックは戦前から予定されていたことです。
 同じ年に開通した東海道新幹線だってそう。今も新幹線が走っている新丹那トンネルなど、半分以上は戦前に掘られていました。
 戦争で中止されていたプロジェクトが、戦後継承されたということは少なくないのに、そうした歴史的事実が伝えられていない。占領軍の意図によって、戦前と戦後の連続性を遮断するような教育がなされてきたためです。
 中学生のころだったか、母親が何かの拍子で教えてくれたことが印象に残っています。真珠湾攻撃が報じられた日、日本中の雰囲気がパーッと明るくなったというんです。
 学校で教わる歴史からすると思いもよらないことなので調べてみたんですが、確かにそうでした。戦争から一番遠いところにいるような作家、武者小路実篤ですら、感動にうち震えたと書いています。
 真珠湾攻撃の2日前までは東京中でアメリカ映画を上映していましたし、英会話の学校だっていっぱいありました。戦後教育が教えないそうした事実を、今の日本人はもっと知るべきだと思います。



“「誰かを天才よばわりすることは、その人の努力を全て否定することだ」”



“来訪する外国人のほとんどは中国籍の人。友人と連れだって来たり、『子どもがいればおカネがもらえると聞いた』と言ってくる人や、日本語が話せないのに『子ども手当て』とだけ書いた紙を持参してくる人もいます”
2010-03-29



ちびっ子に対して、「英語を出来ない人間は、世界のどこにいても何の仕事をしても、時給5ドルしかもらえない時代になるんだぞ」と脅すよりは、ピエール プロブストの「カロリーヌとゆかいな8ひき」シリーズの何冊かを、どこか目について手が届くところに「隠して」おく方がずっと効果的だ(自分の体験ではないが、複数の証言からそう判断せざるを得ない)。
 さて、心が旅立つ準備を始めたら、世界地図とベルリッツの世界言葉案内を用意しよう。
 「どの言語でも80語をマスターしておけば、まず困る事はない」という力強い断定が心地よい。
 ここで、各言語につき125語を2週間かけて覚え、あとはそれぞれの語にリンク・システムでつなげていく方法でボキャブラリーを増やし、膨大な数の言語を習得していったJacques Romanoの物語を挿入すべきだが、別の機会に。
・千野栄一氏監修、80言語をCDにまとめた世界一周ことばの旅も面白いが、手に入りにくくなった。図書館では、よく見掛けるので、借りてみるとよい。



今朝の夫
社内一の美人さんと2人、車で片道1時間の得意先へ行き
一緒に昼食を食べて帰社する予定らしい。
お気に入りのシャツを着て丁寧に髪を整え、
「誘われたらどうしよう」「何話せばいいんだろう」
「いえ、僕には妻がいますから(キリッ」←言い方を変えて何度か練習
とワクワクニヤニヤヘラヘラしながら出勤。アホだw



“夏はガーターベルトできちんとストッキングを穿くと涼しい。涼しいのは、ナイロンに覆われる面積が減るからというより、足さばきの所作が変わって凛となることが涼やかな心持ちにさせるのかもしれない。ガーター装着というのは、建築や構造体に興味がある人間にはなかなか理想的な、線でアルゴリズムを越えて湾曲する曲面を区切っていく作業で、自らの身体を使ってアーキテクト気分が味わえる。脚の形やまっすぐさ、太ももの張りや足首の細さといったものは普段もチェックできる部位だが、ヒップラインやその形状は、外部からの線を導入することではじめて形どられ意識化される。”
なんてフェティッシュなんだ。



“あんた本当に生きてるの?
ただ心臓が動いてそこらを徘徊できるからって自分が生きてると思うのは勘違いだわ
共に喜んだり悲しんだりしてくれる人がいて
はじめて人は生きてるといえるのよ ”



“過去の人に囚われて自分の限界を決めている…
そうか
死ななけりゃダメだ

今の私が一度死ぬ

限界を超えるとはそういうことだ ”



“生の始まりは化学反応にすぎず 魂は存在せず精神は神経細胞の火花にすぎず 人間の存在はただの記憶情報の影にすぎず 神のいない無慈悲な世界でたった一人生きねばならぬとしても…なお… なお我は意志の名の元に命ずる 「生きよ」と!! 君はまだ若い、世界のカルマの負荷に膝を屈するのもやむを得ぬかもしれない 悪を目指すも良し! 善を目指すも良し! 道を探るのもいいでしょう… しかし生きていなければ 生きていなければどんな才能でも実を結ぶことは決してないのですよ!!  
[ディスティ・ノヴァ]”



“何故に「黒豚」だと「シュヴァルツシュヴァイン」とか無駄にカッコいいのに、「深紅の死神」とか如何にも厨二的にカッコよい単語が「プルプルンゼンゼンマン」とか無駄に可愛らしいのですか。あたい、ドイツ語がわからない…!”



1.すべてのデータが全部消えてしまうことを長々と説明。
2.データを移行しておくことを提示。
3.データが削除されることを念押しする。
4.さらに全てが削除されることを同意させて署名させる。
5.購入したときと同様になることを説明。
そのあとで、「本当に全部とは思わなかったわ」



“電話対応テンパリすぎて「恐れ入り申すが」とか「承知いたしまする」とか崩壊した敬語を連発しまくってたら今日ついにお客様から「あの武士の子いる?」って電話かかってきたでござる切腹したい。”